NPC=non player character<ノンプレイヤーキャラクター>
ゲーム内でプレイヤーが操作できないキャラクターのこと。
◇◆◇
私の名前は、アリッサ。
いつもこのストック村の入口に立っている、NPCです。
私の役目はただ一つ。
「こんにちは、ここはストック村ですよ」
名もなき村娘として、やって来られた勇者様に村の名前を伝えること。
それ以外は話せません。
名乗ることも出来ません。
このゲームの世界で決められた場所、決められた言葉しか発せない存在、それが私たちNPCです。
そんな私が何故だか分かりませんが心を持ち、
――勇者様に恋をしました。
◇◆◇
勇者様が私に話しかけると、会話が始まります。
「こんにちは、ここはストック村ですよ」
「ここがストック村か。早く伝説の鍛冶師を探そう」
伝説の鍛冶師とは恐らく、この村の一番奥に住むガシェットさんでしょう。彼の家は、ちょっと入り組んだ場所にあるので、ちゃんと見つけられるか心配です。
いつも不思議に思うのですが、一部を除き、何故NPCは名乗らせて貰えないのでしょうか。
私の名前を勇者様に知って頂き、もし呼んで貰えたなら、きっと幸せな気持ちになれるのに。
しかしこれも決められた台詞。
文句を言っても変わりませんね。
私は勇者様に恋心を抱いていますが、叶わなくてもいいのです。
叶う可能性は0ですから。
何故なら勇者様は助けたお姫様と結婚することが、すでに決まっています。
ここはゲームの世界ですから、決められたストーリーによって話が進んで行くのです。そこから外れることは出来ません。
なので勇者様のお姿を拝見し、話しかけて頂ければそれだけで十分なのです。
お二人が結ばれること、それがこの世界にとってのハッピーエンドなのですから。
しかし……
もし私が村の名前を伝える以外にお話が出来たなら。
もし自由に動けるようになって、勇者様の旅のお手伝いが出来たなら。
少しでも大好きな勇者様のお役に立てたなら、これほど嬉しいことはないでしょう。
しかし私はNPCです。与えられた言葉、許された行動しか出来ません。
それは他のNPCも勇者様も同じ。
しかしある時、このゲームに気まぐれな神様がやってきて、私に話しかけてこられたのです。
◇◆◇
「お前は、NPCなのに願いを持っているんじゃな。面白い。お前の願いを叶えてやろう」
「それなら、自由に動けるようにしてください。勇者様のお手伝いをしたいのです」
神様の計らいによって、私はNPCでありながらゲームシステムから外れ、自由を得ました。もう村に縛り付けられることなく会話も出来ます。
それだけでなく、ゲームシステムから離れた私を、どのモンスターも傷つけることが出来なくなっていたのです。
私は、ただ村の名を伝えるだけの役割。
勇者様が村に入った瞬間、頭上に浮かぶ文字が村の名前を知らせてくれるのですから、私がいなくなっても問題ないでしょう。
神様はオマケに、『攻略チャート』という勇者様が達成すべき予定まで下さいました。これで先回りし、あの方をお助け出来ます。
私は勇者様が向かうであろう次の町へ行くと、高すぎる武器や防具の値段を安く調整しました。
これで武器防具を揃えるお金を貯めるために、たくさんの敵と戦う必要はないでしょう。
そしてダンジョンに潜ると、魔法の船を出現させるスイッチを起動させ、船を出現させました。
これで危険を冒してダンジョンに潜る必要はありません。
伝説の鍛冶師ガシェットに頼まれるはずの輝光石も、私が先に取りに行って渡しておきました。
これでガシェットさんのところに行くだけで、伝説の剣を手に入れることが出来るでしょう。
こうやってゲームシステムから外れた私は、勇者様よりも先回りして様々な準備をしておいたのです。
いっそ、このゲームのボス――邪龍も倒しておきましょうか?
いえいえ、そうなるとお姫様を助けるのが私になってしまいます。これは勇者様に頑張って頂き、ラストダンジョンには山ほど回復薬や強い装備を配置しておくことにしました。
これで準備万端です。
私はラストダンジョンで勇者様を一目見ようと、もし叶うなら一言お声がけしようと待っていました。
しかし待てど暮らせど勇者様はやって来ません。
不思議に思った私は、一度村に帰ることにしました。
◇◆◇
ストック村には、勇者様がいらっしゃいました。
しかしどこに行くかわからないのか、村の入り口をウロウロされています。
不思議に思い、私は『攻略チャート』を確認しました。
多分、ゲームの進行はこの辺りだと思われます。
何気なく指さした次のイベントを見た時、私は思わず声を上げてしまいました。
そこに書かれていたのは、
『ストック村の入口にいる村娘から、エルフの森の場所を聞く』
何ということでしょう!
私は、イベント発生のフラグを立てる、という役目も持っていたのです。
とても大切な役目でした。
この会話をしなければ、エルフの森へ入れないのです。
しかし私は神様の力によって自由を得、すでにゲームから外れた存在となっていました。なので本来であればゲーム進行によって、設定された会話へと切り替わるのですが、今の私にはそれが起こっていません。
そのため、エルフの森の場所も分からないのです。
勇者様はゲームシステムに沿って行動をされている存在ですから、私がエルフの森の情報をお伝えしないと、勇者様は旅を続けられません。
それは、バグによるゲームクリア不可を意味していました。
このままだと、この世界は永遠に邪龍に支配されたまま、勇者様もお姫様も幸せになれません。
大好きな勇者様を応援したかっただけなのに、何故こんなことになってしまったのでしょうか。
私は祈りを捧げ、きまぐれな神様を呼びました。
もう来てくれないかと不安でしたが、意外とあっさり戻ってきてくださいました。
「神様、神様! お願いします。全てを元に戻してください!」
「お前はそれでいいんじゃな? 確かにイベント発生フラグであるお主じゃが、それが終わればまた、村の名前を言うだけの村娘になるだけじゃぞ?」
「このままだと詰んでしまい、誰も幸せになりません! NPCのくせに、願いを抱いた私が悪いのです。ただの村娘のままでいいです。だから、全てを元に戻してください!」
「そうか……わしもゲームには疎くてな。お前を自由にすることで、こんな事態になるとは思わなんだ。現実世界でプレイヤーがセーブする前に、母親にゲーム機本体の電源を切らせるから、少し待ちなさい」
何を仰ってるのか分かりませんが、私を元に戻して下さるようです。
次の瞬間、目の前が闇に包まれたかと思うと、私の意識も途切れました。
◇◆◇
意識が戻ると、そこはいつものストック村の入口でした。
どうやら私は村の名前を言う村娘として、役目に戻ることが出来たようです。
全てが巻き戻ったようで、私が先回りして準備したものは消えていました。
これで……良かったのです。
ただ村の名前を言うだけの役目だと、馬鹿にしていた自分が愚かだったのです。
これだって、大切なNPCの役割。
きっと今回の出来事は、私にそれを知らしめるために起こったのでしょう。
勇者様がやって来られました。
私の前に立たれたので、決められた台詞を言いました。
「こんにちは、ここはストック村ですよ」
「ここがストック村か。早く伝説の鍛冶師を探そう」
いつもと変わらない会話。
この一度のやり取りで、勇者様は立ち去られるはずでした。
しかし立ち止まったまま、今までなかった言葉を口にされたのです。
「村の名前を教えてくれてありがとう、アリッサ」
神様のいたずらでしょうか?
それとも粋な計らいでしょうか?
どちらにしても私は今、
――とっても幸せです。
<完>